コラム

「不妊」について

「不妊」 について

不妊という問題が切実な問題として身近に沢山あるにも拘らず、日本では不妊はオープンに語られてきませんでした。その背景には、不妊を恥じる日本人の文化があるのだと思います。
海外のある製薬会社が行った不妊に関する調査で、「不妊について家族や友人に相談し易いか」、「不妊治療に積極的に取り組みたいと思うか」という2つの問いに対して、イエスと答えた率は日本が最下位だったそうです。不妊の問題を自分達だけで抱え込んでいる、という日本の現状が浮かび上がっていますね。不妊治療を行うカップルの中には、それがきっかけで離婚することになってしまったり、うつ病になってしまったという例もあるそうです。不妊をタブー視することのデメリットはそれだけではありません。教育などの場で情報を得る機会が少ないので正確な知識が広がって行かないのです。ネット上には不妊に関する情報が氾濫していますが、根拠の薄いものも多く、また営利目的に偏ったものも少なくありません。

不妊の原因にはいろいろありますが、日本では「不妊は女性だけに原因がある」という偏見がいまだに強く残っています。WHO(世界保健機関)の調査では、男性のみに原因がある場合と男女双方に問題がある場合を合わせて、不妊の原因の約半分のケースで男性が関係しています。日本では前述の偏見のせいで、不妊治療が女性側に偏っており、男性側の対策はほとんどされていません。不妊治療は必ず夫婦揃って受診することが大前提で、男性の不妊原因に対する理解をもっと高めることが望まれます。
知識不足の2大問題は、不妊原因に対する理解不足と卵子の老化に対する知識不足です。女性の妊娠力は36歳を境として低下して行きます。先日引用した調査に於いて、卵子の老化についての日本人の正答率は30%に達しておらず、先進諸外国に比して極めて低い数字です。「卵子が老化する」という事実を見過ごし、出産を先送りにしてしまい、不妊治療で悩む人が増えているのです。身体の中で卵子だけが老化しないと考える人はいないでしょうが、女性が妊娠する力が意外と若い時期から下がり始めるという事実はまだ十分に理解されていないと思われます。

具体的な男女それぞれの原因ですが、男性不妊の場合には、精子の問題(無精子症・乏精子症)、精巣の問題(精索静脈瘤)、セックスレスの問題(EDや射精障害)などが考えられます。
次に女性不妊の場合には、排卵障害、子宮着床障害、卵管障害などの直接的な要因となる不妊体質、生理不順、生理痛、不正出血、などの身体的不安、また年齢的要因や、精神的ストレスなど、直接的ではないにしろ妊娠に大きく影響しそうな要因などいろいろな問題があります。
しかし不妊症の疑いがない男女が、排卵日に性生活をしても、妊娠する確率は20%程度(個人差があります)と言われていますので、妊娠とは、偶然に偶然が重なってようやく実を結ぶものと言えます。

厚生労働省が2007年に実施した「生殖補助医療技術に関する意識調査」によると、既婚者のうち「不妊に悩んでいる」または「過去に悩んだことがある」と答えた人の割合は、結婚期間23年で28&45年で22.3%69年で29.1%だったと報告されています。つまり、結婚10年未満の夫婦の2割以上が不妊に悩んだ経験があるということになります。

同じく厚生労働省の調査によると、平成23年の平均初婚年齢は、夫30.7歳、妻29.0歳となり、夫、妻ともに前年より0.2歳上昇しています。上記の調査から、日本では40歳位の夫婦の場合、30%弱のカップルが不妊で悩んでいると考えられ、不妊治療をするカップルの数は、年々増加する傾向にあります。
米国の場合、日本のように10年近くも不妊治療はせず、40歳以上の年齢だと、すぐに「卵子提供での体外受精」「代理母」や「養子」などの次のステップを勧められるといいます。

女性の不妊

晩婚化に伴い、当然子供を産む年齢が高齢化する「晩産化」 も着実に進行しています。2011年の政府統計では、第1子出産時の母親の年齢が30.1才と初めて30才を超えました。生まれた子供の数も105万人強で調査を始めて以来最少となっています。特徴的なのは、34歳以下の女性の出産が減少傾向にあるのに対して、35才以上のアラフォー世代の出産が増加傾向にあることです。
不妊治療の現場にも高齢化の波は押し寄せています。不妊治療を行っているクリニックの医師の実感として、「もともと比較的高齢の患者さんは多かったけれど、ここ数年で一段と初診年齢が上がっている」という声が聞こえてきます。以前は30代前半だった初診患者の平均年齢が、最近では3839歳のアラフォー世代が中心になり、患者のおよそ半分は40代になっているそうです。
日本産婦人科学会が公開している不妊治療を受けた患者の全国データでも、40代の割合は2009年には34.4%になり、しかもなお増加傾向にあります。
2006
年にプロレスラーでタレントのジャガー横田さんが45才で妊娠、出産し、大きく報道されました。その影響で、「自分でもまだ産めるのでは」との期待を持つ40代の初診患者がかなり増えたという現場の声もありました。

子供が欲しいと、真剣に妊活に取り組んだアラフォー世代の女性たちが、そこで初めて直面するのが、高齢での妊娠そして出産の難しさです。
妊娠は精子と卵子が受精して初めて成り立ちます。卵子の数は、女性が母親のお腹の中にいる時がピークで、その後閉経年齢まで減り続けて行くのです。一方精子は、毎日新しく作られるのに対して、卵子は減り続け、しかも老化するに従って妊娠力は落ちてゆきます。
ある不妊専門誌のデータでは、19~26歳の女性では自然妊娠の確率が50%ぐらいあるのに対して、27~34歳では40%位に、35~39歳では30%位まで落ちてしまうそうです。
女性が自然妊娠する確率は20代後半から確実に落ちて行きます。40代での出産例は確かに増加していますし、妊娠力に個人差もあるのですが、一般に加齢した卵子では妊娠に結び付く確率は下がります。この卵子の老化についての情報が、まだ十分に浸透していないのは大きな問題です。妊活を始めて、初めてこの事実を知り、もっと若い時から取り組んでいればと悔やまれる方は大変多いです。

女性の不妊原因で最も多いのは、「排卵因子」です。
「排卵因子」は体質のほか、過度なダイエットやストレス、ホルモン異常、そして、卵巣組織に小さな卵胞(卵の袋)がたくさん発生し、卵巣が腫れて大きくなる「多嚢胞性卵巣症候群」などによって、卵子が排卵されにくい、あるいはまったく排卵されないというものです。
排卵因子のほかにも、卵管が詰まったり、癒着が生じたりすることで、精子と卵子が出会えなくなる「卵管因子」、子宮の形に異常があったり、筋腫などがあることで胚が子宮に着床しにくい「子宮因子」、膣から最も近い頸管に異常があり精子が子宮内に入りにくい「頸管因子」など、様々な原因があります。
近年、女性の晩婚化と初産年齢の高齢化に伴って、子宮内膜症や子宮筋腫などの婦人科系疾患が増えていることも、不妊を招く原因として問題視されています。
子宮内膜症は、本来子宮の内側にあるべき内膜が外側にもできてしまう病気です。
子宮内膜症があると、腹腔内に癒着が起きて卵管を閉塞させてしまい、卵子を取り込めなくなります。その結果、受精できず不妊症に至るケースが多くなります。
このほか、20~30代の若い女性のがん罹患率で最も高い子宮頸がんや、30代に急増する乳がんも、妊娠・出産の妨げになります。放射線や抗がん剤による治療期間中は妊娠を控える必要がある上、症状によっては子宮や子宮周りの臓器を摘出しなければならない場合があるからです。

また不妊の原因の一つに、女性の年齢があります。
現在、不妊のカップルが増えているのには、いくつかの社会的背景がありますが、最も大きいのは女性の社会進出と晩婚化にあります。女性にとっての妊娠適齢期は20代と言えます。30歳を超えてから結婚し、仕事の都合などでほんの数年間避妊をすると、あっという間に35歳を過ぎてしまいます。35歳を過ぎての初産は現在では珍しいことではありませんが、35歳を過ぎると、年を追うごとに妊娠しにくくなることを知っておく必要があります。
女性は生まれた時、既にその体内に原子卵胞という卵子の素を持っています。そして思春期になると、そこから毎月1つずつ成熟した卵子が飛び出し、卵管の中で精子との出会いを待ち、思春期には未熟だったその機能も20代には充実し、30代からは少しずつ卵子の老化という現象が起こります。35歳を過ぎると、その老化のスピードはグンと速くなります。体外授精では、どれだけ質の良い卵子を得ることができるかが重要です。個人差があるものの、女性の年齢が35歳を過ぎたら、体外受精の順位は高く考えた方がいいと思います。
男性は、女性に比べて年齢の影響はさほどありませんが、精子のコンディションはストレスなどの影響を受けやすいので、仕事の責任が重くなる40代になると、精子の数や状態が悪くなってしまうことがしばしばあります。

最近増えている子宮内膜症も症状、病期によっては体外受精の適応となります。子宮内膜症の病期は14期に分けて診断されますが、その34期、子宮内膜症の症状がひどい場合です。子宮内膜症とは、本来は子宮内部で成長する子宮内膜が子宮以外の場所、卵管や腹腔などに増殖する病気で、これが障害となって卵子はその通り道をふさがれたり、着床できず、受精や妊娠に至ることができないことがあります。子宮内膜症は生理があるかぎり、悪化しやすいので、一時的に生理を止める治療が行われることがあります。偽閉経療法や男性ホルモンを投与する治療法がそれですが、いずれも46か月の間生理を止めることになります。これは、妊娠を望む人にとっては辛い選択です。また、偽閉経療法は、子宮内膜症の治療としては有効でも、最終的な妊娠率は向上しないという報告もあります。従って、女性の年齢が高かったり、不妊治療歴が長いケースでは、体外受精にステップアップ、ジャンプアップすることが大きな選択肢となります。

検査と治療の方法ですが、まずは腹腔鏡検査です。お腹に小さな穴を開けて、そこから内視鏡を入れて内部の様子を観察したり、場合によっては治療を施すというものです。欧米では機能性不妊(原因不明不妊)という診断をするためには、腹腔鏡検査が必須項目として位置付けられています。ところが、腹腔鏡は手術室で全身麻酔下で行う治療で、リスクも伴います。不妊治療が大病院からクリニックにシフトしている日本の現状では、どこでも行えるものではないわけです。従って、これをどう位置付けるかは非常に難しく、腹腔鏡を全く評価していないところもあれば、非常に重視しているところもあるという現状です。
更に、この検査は、医師の技量に頼る部分が大きいため、腹腔鏡検査どうするかは病気の状態と、医療機関の考え方をよく話し合って決めることになります。子宮内膜症の34期に体外受精が有効といわれていますが、その前に腹腔鏡検査を行うことは選択肢の一つです。これは子宮内膜症の状態をチェックし、場合によっては、腹腔内の癒着などをその場で取り除く検査ですが、内膜症が12期の場合、この腹腔鏡検査後、自然周期で妊娠したという報告は多数あります。腹腔鏡検査では検査後、生理食塩水などで腹腔内を洗浄することにより、子宮の周囲の癒着が改善し、妊娠しやすくなると考えられます。
子宮内膜症などで、腹膜癒着が疑われるケースでは、腹腔鏡の適応になると思います。腹腔鏡検査を行い、そのあと半年~1年の間はタイミング法で妊娠にトライしてみるという選択肢もあります。しかし、これだけIVFが普及してくると、リスクを伴う腹腔鏡よりは、それを飛ばしたいと考える方もあるでしょう。腹腔鏡検査は治療費も高額で、IVFまではいかないものの、それに近い額がかかります。そうすると、腹腔鏡をとるか、体外受精をとるかという一つの選択肢もないのではないということになります。 一度腹腔鏡の検査をするとしばらくは自然妊娠の確立があがるので、自然妊娠にこだわりたい方や、年齢的に余裕がある場合には、妊娠に近づくための一つの手段として、選択肢に入れてもよいのではないでしょうか。
腹腔鏡検査は、通常全身麻酔下で行う手術に準じた検査です。技術は良いにこしたことはありませんが、気をつけておかなければならないのは、腹腔鏡検査の技術や、それに伴う入院日数は医療機関によりまちまちだということです。入院日数はそれぞれのライフスタイルに直接関係してきますので、自分に合った施設を選ぶことが重要です。
子宮卵管造影検査に関しては、女性の年齢にもよりますが、腹腔鏡とは違って必須の検査だと思います。これによって卵管の通過性の有無を確認できます。また、子宮卵管造影を行った後に妊娠しやすくなるという事実があります。しかも、腹腔鏡のように高額ではありません。若干痛みを伴いますが、自分の状態を知ることは大切だと思います。ジャンプアップという選択肢があるにせよ、子供がほしいからすぐ体外受精というのは極端な考え方だと思います。自分の状態を画像情報として得られ、しかもコストパフォーマンス、あるいはリスクパフォーマンスを考えた場合、子宮卵管造影検査のもたらす情報と治療効果は非常に大きいといえます。子宮卵管造影検査では、キャッチアップ障害についてもある程度の情報を得ることができます。両方の卵管が詰まっていたら体外受精が唯一の選択肢ですし、卵管因子の場合における体外受精での妊娠率は高いという事実もあります。子宮卵管造影検査はX線検査の一種で、卵管の通りと子宮の形態が正常かどうかを検査するものです。造影剤を子宮内に注入し、卵管に達し、卵管が通っていれば、造影剤は骨盤腔に達するため通過性が分かります。この検査は外来検査で30分で終わります。
妊娠早期に検査するのを避けるために、生理が終わった後、排卵期に行います。子宮卵管造影検査による放射線被爆量は、消化管の造影検査などに比べれば、問題にならない極わずかな量であり、検査を行った周期に妊娠しても大丈夫です。

男性不妊(1)

 日本では、男性の不妊に対する意識が欧米の先進国に比べて低いと言われています。「妊娠を望んでいるのになかなか妊娠しない」という悩みを抱えているご夫婦の中には、「精子」に問題があることに気付かず、ご主人側の検査を全く行わずに悩んでおられる女性も大変多いようです。 「妊娠しないのは女性のせい」とばかり思い込んでいる人が多く、女性ばかりが治療や検診に足を運び、「ご主人が全く検査を受けていない」というケースがまだ多いことに驚かされます。
実際は、子供が出来ない原因の約半分のケースに、男性が関わっているのです。日本では男性の理解がまだ十分ではないようですが、男性不妊の原因には、「乏精子症」、「無精子症」、「精子無力症」、「勃起障害」・・・等があり、これらの名称自体が男性の心にぐさりと刺さるような印象です。
でも不妊治療を考える時には、男性側の問題から目をそらしてはいけません。
また卵子が「ある」だけでは、即妊娠につながらないのと同様に、精子についても「ある」と考えられている(つまり射精できている)だけでは、妊娠につながらないことが多々あります。どういうことかというと、精子は存在するだけでは駄目で、ある一定数の精子があり、一定の形状を持った精子でなければならず、またある一定の運動率を示していなければ、自然に卵子に到達し、受精することができないという事実です。精子や精子が作られるメカニズム、男性不妊の原因となる病気についても是非勉強して下さい。

次に原因が特定できれば適切で効果的な対策を取ることが出来ます。不妊に悩む方は、まず夫婦揃って専門医に相談をしましょう。男性にとって病院や専門クリニックは非常に行き難いところのようです。まずは、奥さんと一緒に産婦人科を受診することが一番手軽です。精液検査をしてもらって、結果が思わしくなければ、「男性不妊外来」のある施設を紹介してもらいましょう。
しかし、男性不妊の専門医の数は非常に少ないのが現実です。日本生殖医学会に登録している専門医は、僅か50人ほどという数字には驚きです。しかもそのうちの多くの医師は、一般泌尿器を担当しながら男性不妊を診ているそうです。女性の不妊治療では、日本は世界のトップクラスの水準にあるそうですが、男性不妊ではまだまだはるかに後れを取っています。日本では生殖医療を産婦人科医が行うため、男性側の診察をいっさい行わずに、すぐに体外受精や顕微授精が行われてしまうケースも多いそうです。これは大きな問題です。男性に原因があるにも拘らず、女性だけがズルズルと不妊治療を受け続けて時間だけが過ぎて行く、というようなことは避けたいものです。

男性不妊の専門医の先生の話を聞いても、男性が持っている不妊の原因に関する知識は乏しいようです。男性側に不妊の原因がある場合、その原因が特定されればかなりの確率で妊娠という結果が期待できる対処法が存在しています。原因によっては、体外受精や顕微授精が本当に効果的だと言えます。

卵子が加齢により老化するのと同じように、精巣や精子も加齢により変化することは想像に難くありません。しかし精子成熟過程の詳細な内容はまだ解明されていません。そこに問題があることは事実です。精子の数や活動性の減少はストレスなどに影響されるとよく言われています。それも根拠のない話ではありません。専門家に診察してもらうことにより不必要なストレスから解放されることも多いと思います。
数年前に、トマトの赤の色素であるリコピンが精子運動率の改善に効果があるという研究発表がありました。そこで、トマトジュースを継続的に摂取すると精子に何らかの良い効果がもたらされる可能性があります。日常生活の中でのささやかな試みとして試されては如何でしょうか。

男性不妊の治療を経てお子さんを授かった作家、ヒキタクニオさんがその不妊治療の軌跡を「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」という本にしています。

ここまで率直に不妊治療の経験を描いた本は初めてと言われています。「ご主人が不妊治療に協力しないから説得して欲しい」という女友達のリクエストに応えて書き始めたそうですので、ご主人の理解を得られずに悩んでいる方には力強い味方になるのではないでしょうか。ヒキタさんが言っています。男にとって大変なのは、子どもができたときの楽しみを知らないままに、不妊治療の苦難に立ち向かわないといけないこと。実際に子供が産まれれば、男にも「子どもはかわいい、こいつのためにものすごく働いてやろう」という気持ちがでてくる。でも実際に産まれない限り、その気持ちは出てこない。そこが女性とは違うところ。だから世の中に対して、「子どもがいるとこんなに楽しいだ」ということを伝えていくことも大切だと思います。

男性不妊(2)

「妊娠しない」という現実に対して、とかく原因は女性側にあるように考えてしまいがちですが、何と、約4割は男性側が原因ということが分かっています。これを男性不妊といいます。
今更ながら当たり前のことですが、妊娠が成立するためには3つの要素が必要となります。それらは、「卵子」、「精子」、「子宮」です。卵子と精子が無事出会って受精し、受精した後にできた「受精卵(胚)」が子宮内膜に着床(妊娠成立)しなければなりません。これらの3つの要素が揃わなければ、「妊娠」という第一歩が成立しません。
これは、とっても当たり前のことですから、「なんだ、そんなことは誰でも知っている」と思われるかもしれません。しかし、厳密にいうと、これは「生殖力のある卵子」と「受精卵が着床可能な子宮」と「受精能力のある精子」が必要である、と言い換えることができます。もちろん、女性が担当するのは、いうまでもなく、このうちの「卵子」と「子宮」です。男性が担当するのが「精子」です。
まず不妊検査ですが、女性に比べ、男性の検査はとても簡単で、精液検査と感染症の採血のみです。精液には量の問題と質の問題があります。量の問題とは精子数が少ない事、そして質の問題とは動きが悪い事です。近年、男性の精子数が減少している地域がある、と言われています。原因としては、環境汚染や農薬などの環境因子や内分泌攪乱因子が関係していると考えられていますが、詳しいことは判っていません。結果として、男性不妊は日本だけでなく世界中で増えているようです。
男性不妊の原因には、大きく分けて次の三つが考えられます。

1、造精機能障害:精子を作る「精巣」の機能に問題がある場合。精子の数が少ない  (又は無い)、運動率が低い、健康な精子が少ない。
2、精路通過障害:精子は作くられているが、通り道の「精管」などに問題がある場  合。射精した精液に精子が少ない、又は含まれない。
3、性機能障害:ED(勃起不全)や射精障害のため、精液を射精できない場合。男性  不妊症でもっとも多いのは造精機能障害で、約70%を占めています。
性機能障害を除けば、自覚症状はほとんどありませんので、射精できるから大丈夫と考えがちです。しかし精液に健康な精子が十分含まれているかを知るためにも、一度は検査を受けて下さい。

近年、卵子の老化ということをよく耳にしますが、精子も加齢による影響は大きいと考えられています。精子の質は10代がピークで、精子の数は35歳以降で毎年1.71%低下、精子の運動率は44歳以降で毎年1.74%低下します。

精液検査では、WHOの新基準(2010)を基に、次の項目について調べます。
1、精液の量:1回の射精で、精液の量が1.5mL以上あるか。
2、総精子数:1回の射精で、精子の数が3900万以上あるか。
3、精子の濃度:精子の数が、精液1mL中に1500万以上あるか。
4、精子の運動率:精子の活動性を見て、活発に動いている精子が、全体の40%以  上あるか。
5、精子の正常形態率:形のよい精子が全体の4%以上あるか。
これらの基準はあくまでも目安です。基準値を下回っていても妊娠した例は数多くあります。また、精子の状態は採取したときの心身の状態によっても異なるため、通常は複数回検査を行ってから不妊症かどうかを診断します。

精液検査で不妊症が疑われた場合には、次の検査で原因の確認を行います。

1、精巣の大きさ : 一般的に精巣の大きさは精子の数に比例すると言われ、精巣が小さい場合は、精子の数も少ないと考えられます。
2、精巣の炎症の有無 : 尿中の細菌やおたふくかぜのウイルスなどが原因で精巣に炎症が起こると、精子をつくる機能が低下することがあります。
3、精索静脈瘤の有無 : 精索静脈瘤は、精子をつくる機能を障害する代表的な病気  で、精巣から心臓へ流れる静脈の血液が逆流し静脈の一部がこぶ状に膨れるも  のです。静脈瘤にたまった血液によって精巣が温められるため、精子をつくる機能  が低下します。
4、ホルモンの値 : 生殖能力に関わるホルモンの分泌量を調べます。ホルモンバランスが崩れていると、精子をつくる機能が低下します。

現代社会には、精子の数と運動率の両者を低下させる要因となる様々な生活習慣があります。それは、カロリーが高く栄養価の低い食品の摂取、不規則な食生活、多量の喫煙や飲酒、精神的・肉体的なストレスや疲労感などです。

精子の質は、生活習慣を見直すことで飛躍的に改善すると言われています。精子の状態は、全身の健康状態を表すバロメーターにもなります。
ED
などの機能障害も、生活習慣の変化と共に潜在的に増えています。まずはストレスを減らすことが大切ですが、医療機関では内服薬を処方することもあり、膣内射精をできない場合には、人工授精が選択肢になります。

潜在的な男性不妊症患者は、推計60万~80万人いると言われています。

精液検査を行った結果、精液中の精子の数が少ない乏精子症は、多くの場合人工授精や体外受精が必要になります。
乏精子症の原因の一つと考えられる精索静脈瘤があった場合は、外科手術が基本になります。乏精子症患者の多くに、精索静脈瘤があり、男性不妊の最も多い原因と言われています。治療は、静脈瘤ができている血管をしばり、血液の逆流を止めることです。術後は、精巣内の温度が下がることなどから、精子が形成されやすくなります。
また無精子症と診断された場合でも、精巣や精巣上体で精子を見つけ、その上で顕微授精を行なえば、妊娠の可能性があります。

男性不妊への最後の解決策として、AIDという方法があります。

これは非配偶者間人工授精のことで、無精子症など絶対的男性不妊の場合に適用される治療法です。ドナーの精液を使用し、人工授精にて妊娠を試みます。
男性不妊に対するあらゆる治療を行ったにもかかわらず、 妊娠に至らず、それでもどうしても子供が欲しいという場合に選択されます。
この方法での妊娠希望者については、ご夫婦の意志を十分に確認したうえで、以下の2つの場合に当てはまるかを厳格に判定し行うことが一般的です。
適応するのは、無精子症の場合、または精巣精子回収術(TESE)を行ったが精子が認められなかったまたは微量の精子は認められるものの妊娠のレベルにはない場合になります。
さらにこの方法は、第三者の精液を用いるため、倫理感や宗教的、法的問題を含んでいることにも留意しなければなりません。

男性不妊(3)

不妊の男性因子には、精液の中の精子の数、精子の運動能、精子が精巣で造られているか、セックスができるかなどの因子があります。 
精液の中の精子の数や運動能は、精液検査を行えば一目瞭然です。検査の結果が思わしくなければ、その原因を探るために次のステップへ進みます。精液を顕微鏡で覗くと、正常な場合、そこでは70%以上の精子が元気に動きまわっています。そして1ミリリットルの精液の中に、5000万~1億程度の精子が存在しています。これが少ない場合を乏精子症、全く精子が見られない場合を無精子症といい、運動能力を持つ精子が50%以下の場合を精子無力症といいます。もっとも、日本では精子の数の正常基準値を1ミリリットルあたり5000万以上としていますが、WHOでは2000万以上としています。精液検査での結果が思わしくなければ、もう一度精液検査をしてみるということも大切です。検査時期をずらしたり、医療機関を変えるなど、すこし環境を変えただけで精液検査の結果がよくなることもしばしばあります。
女性の体と同じく、男性の体も精子に関してはとてもデリケートです。その時の精神状態やストレス、健康状態などにより、精子の数や運動能は異なります。ですから時期や医療機関を変えて再度検査を行い、2度目の検査でも結果が同じならば、そこから解決策を考えればよいのです。

体外受精が第一の選択肢になるのは、重度の乏精子症、精子無力症、そして精液中に精子が無いのに精巣には精子があるという場合です。
精巣から直接精子を採取できれば無精子症でも顕微授精が適応となります。顕微授精はたった1つ、質の良い精子があれば受精は可能です。
ヒューナーテストは、その見解が大きく分かれる検査です。この検査は、女性の体内で精子が正常に動いているかどうかを調べるのですが、精液検査と同じくとてもデリケートで、二人の体調やその時の状況で結果は変わってきます。ヒューナーテストの結果がよくないといわれても、その後タイミング法などで妊娠することもよくあります。ヒューナーテストについては、いろいろな見解がありますが、1回でも検査結果が良ければそれで十分だと思います。

ストレスの多い現代社会のせいでしょうか、精子の状態が万全でない男性が極めて多くみられます。過去のおたふく風邪や、高熱の影響などで精子の状態が悪くなってしまった男性もいます。ある医療機関では、患者さんの8割以上で運動率が一定に達していないということで顕微授精の適応になっているという驚くべき事実もあります。この高い数字は、必ずしも一般的な割合ではないと思いますが、ご主人の検査がいかに大切なものであるかを物語っていると言えるでしょう。しかし逆にいえば、精子の場合、このような手段が存在するため、ほとんどのケースでは、技術を借りて受精能力のある精子を選別することができ、男性不妊にとっては画期的な状況といえます。一世代前には、お子さんを授かることをあきらめなければならなかったケースも、あるいはそういう状態であることを知らずにいつしかお子さんを授かることを諦めていたケースも、今ではこの顕微授精の適用によってお子さんを授かることが可能となっています。但し、確率的には極めて低いのですが、稀に無精子症である場合もあります。その場合は、精巣精子回収術などが試みられる可能性を検討することになります。もちろん、勃起しない、射精できない、といった症状がある場合は、初めから泌尿器科検診が必要となります。

女性については、年齢が「妊娠適齢期」と「妊娠偏差値」の鍵を握っていますが、男性の場合は、実年齢については女性ほど深刻な影響はないようです。もちろん、年齢が若い方が良い結果になる、といった傾向はあるものの、精子については、常に新しいものが生成されているので、女性の場合ほど年齢がすべてを物語らないのです。精子の状態も、その男性がいかなるスポーツマンで屈強な身体をしていても、検査をしてみなければ受精能力については分からない、ということになります。今、体外受精において顕微授精という手段があるため、精子の提供を受けなければ受精は不可能、というケースの割合はぐんと減少しています。ですから、ご主人には、「結果が多少悪くても、絶対に子どもが授からないという可能性はとっても低いから、心配しないで出かけてね」と優しく促してください。それから、ブライダルチェック(花嫁検診)のセットとして、男性側の検診も同時に行ってくれるクリニックもあります。
二人揃って最初から出かけてしまうのもちょっと恥ずかしいかもしれませんが、二人の将来のためにとっては良いことだと思います。

最後に、男性不妊の改善に効果のある食品やサプリメントをご紹介します。
精子は、活性酸素の攻撃を受けやすいため、活性酸素を消去する働きのある抗酸化ビタミンを緑黄色野菜や果物からとるようにします。
またそれを補完するため、ビタミン剤(ビタミンECB12など)やサプリメントも活用して下さい。これは、精子運動率の改善に繋がります。
トマトを加熱処理したトマトソースやトマトジュースなどに含まれるリコピンも、精子運動率の改善に効果があるそうです。
精子濃度の改善には、ビタミンB12や葉酸が有効とされています。
亜鉛は、精液量を増やす効果がありますが、精子数(造精機能)には影響を与えないと言われています。しかし亜鉛不足は、抗酸化力を落とす可能性があり、成人男性で112mgといわれる推奨摂取量を維持して下さい。
南米ペルー原産の「マカ」は、必須アミノ酸の含有バランスがよく、鉄や亜鉛を豊富に含み、アルカロイドやフラボノイドといった植物性有機化合物も多数含まれていますので、滋養強壮植物としては貴重な存在といえるでしょう。

またマカには、成長ホルモンの分泌に深く関係しているアルギニンという必須アミノ酸が含まれており、精子をつくる機能もサポートすると言われています。
軽度の乏精子症や精子無力症には、非ホルモン療法として、漢方薬やビタミン剤とともにLカルニチン、コエンザイムQ10などのサプリメントが処方されることもあります。

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