コラム
- メディカルツーリズム(1)
- 「不妊」について(5)
- 人生の選択肢(1)
- 不妊治療(1)
- 妊娠・出産の適齢期(1)
- 赤ちゃんを授かるための選択肢(1)
- 医療機関(1)
- 日本と世界の違い(3)
- 「妊娠しよう」と考えた時に(2)
- 不妊大国ニッポン(1)
- 妊娠力と出産力(1)
- 妊娠を望む方へ(1)
日本と世界の違い
日本と世界の違い(1)
日本は、不妊治療施設の数が世界で最も多い国です。不妊治療をしている病院やクリニックの数は、約600ヵ所と言われています。しかし体外受精の実施件数では、日本より施設数が少ない米国よりやや多いものの、治療による出産率では、米国の4分の1しかありません。
理由として1番に考えられるのが、患者の年齢です。日本では、不妊治療を行っている患者数の30%以上が40歳代で、世界で最も年齢構成が高いと言われています。世界の平均は、40歳以上で15~18%位です。つまり不妊治療での妊娠率が高い国は、年齢が若い段階から不妊治療に取り組んでいると言えます。
2番目には、不妊治療のために自己負担する費用です。日本では一般的に、一部を除いて自己負担となっており、治療にかかる費用の平均は100万~200万円ぐらいと言われています。一方海外では、フランスやスウェーデンなどは健康保険が適用され、自己負担はありません。日本でも、国による公的支援制度や都道府県や市町村など自治体独自の助成金制度により支援が行われ、自己負担の軽減が図られています。
3番目として、体外受精の違いも見逃せません。海外では、第三者の卵子提供による体外受精を許可している国が多くあります。最近は、卵子の老化の話が日本でもよく取り上げられていますが、第三者の若い卵子で体外受精を行えば、妊娠率は高まり、出産率も高くなると考えられます。しかし残念なことに日本では、一部の例外を除いて、原則禁止となっています。
次に不妊症の定義の違いを確認してみましょう。
日本生殖医学会によると、不妊症とは、「何らかの治療をしないと、それ以降自然に妊娠する可能性がほとんどない状態」を指し、健康な夫婦が一定期間、避妊せずにセックスをしても妊娠しないことを言っています。ここでいっている一定期間は、日本や世界保健機関(WHO)では、2年間と定めていますが、アメリカでは、この期間を1年間としています。それではなぜアメリカは、この期間を世界的な標準の半分にしているのでしょうか。それは高齢出産が増えたからです。若い夫婦ほど妊娠率は高く、夫婦が高齢になれば妊娠率は低くなります。そして高齢になればなるほど、治療に要する期間は長くなり、しかも費用も高くなります。つまりアメリカは、不妊症と判断するための期間を短くし、なるべく早く診察そして治療を行い、高齢出産を減らそうとしているのです。
ART(生殖補助医療)の国際監査委員会(ICMART)によると、日本は、不妊治療による出産率が米国の4分の1というデータがあります。フランスなど不妊治療での妊娠率の高い国では、年齢の早い段階で、治療に取り組んでいると言われています。現在日本では、結婚している夫婦の6組に1組が不妊治療や検査を受けていると言われています。日本産科婦人科学会によると、2017年に体外受精によって生まれた子供の数は54,110人で、国内全体のおよそ16分の1にあたります。1983年に東北大で国内初の体外受精児が生まれてから合計で59万人超えたことになります。
世界でみると、イギリスのロバート・エドワーズ博士が世界初の体外受精を成功させた1978年からの累計で、約500万人の体外受精児が誕生していると世界保健機関(WHO)は発表しています。また欧米などの海外では、既に許可されている「第三者からの卵子提供による体外受精」は日本では未だに原則禁止になっています。
しかしこれまでに判っているもので、国内で卵子を提供されての出産が約100人、海外で卵子を提供を受けての出産が約3,000人と、推定されています。このような日本での状況を踏まえ、第三者からの卵子提供を受けての体外受精について、日本の伝統や文化も考慮し、広く社会的コンセンサスを形成するため、国民的議論と法整備も含めた制度設計が必要と思われます。
アメリカ疾病対策予防センター(CDC)が発表した2012年の年次報告によると、1年間に行われた体外受精は176,275サイクルで、65,179人の子供が生まれています。一方日本では、2012年に体外受精で37,953人が生まれており、アメリカのおよそ2分の1になります。
SARTの2012年の年次報告によると、第三者の卵子提供による体外受精(胚移植)は、16,858回になります。内訳は、新鮮胚移植が9,250回で平均出産率が56.6%、融解胚移植が7,608回で平均出産率が37.2%になります。胚移植全体でみれば出産率が46.9%で、およそ2人に1人の割合で出産に至っています。したがって1年間で約8,000人の子供が生まれたという事になります。同じ報告書によると、41~42歳の出産率は11.8%、42歳以上の出産率は3.9% という統計も出ています。
この発表を行ったSARTとは、「体外受精や生殖補助医療を専門に働く医師の集まり」で、「患者が最良の医療を受けられるように、生殖補助医療の水準を確立し維持すること」を目的として設立された米国の民間組織で、全米で379の医療機関が加盟しています。この組織の役割は、生殖補助医療のガイドラインや手引きを提供し、施設における妊娠率や多胎妊娠など、提出される報告書のレビューを行います。またガイドラインを尊守しているかどうか、監査をする役割も担っています。
米国では、約15%のカップルが不妊に悩んでいると言われています。
マーケティング会社の調査によるとその規模は、2008年の段階で、既に約40億ドルと推計される巨大マーケットになっています。もっとも多いのはART(体外受精)で、2012年に米国で行われたARTの治療件数は、176,275サイクルで、65,179人の子供が誕生しています。そして米国では、精子や卵子を提供する事がビジネスとして成り立っています。
ある精子バンクの顧客は、年間1万~1万2000人で、毎日平均で100件の精子を出荷、毎年平均で2500~3000人の子供が産まれています。大手の精子バンクでは、精子提供にかかる費用は600ドルで、ドナーには100ドル/1回が支払われています。また卵子の取引も盛んで、2009年の体外受精のうち、約12%が第三者からの卵子提供で行われていました。
ある調査会社によると、25%の広告が卵子ドナーへ1万ドル以上の対価を提示しており、一般的には5000ドル以上がドナーに支払われています。米国では、一般的な卵子提供による体外受精の費用は、3万5000ドル以上になります。
日本と世界の違い(2)
ヨーロッパ諸国と日本の違いについてみてみます。
まずフランスでは、男女が43歳未満で子供ができないことは「疾病」と考えられています。そのため不妊治療にも保険が適用され、ほとんど無料で治療が受けられます。フランスは外国人を除き、国民全員が国民健康保険に加入しています。専業主婦は夫の保険に加入し、仕事をしていない未婚女性もCMU(普遍的疾病給付)に加入するため、医療費はほとんど無料です。その中のAMP(生殖補助医療)保険は、43歳未満であれば、人工授精6回、体外受精4回までは100%保険でカバーされます。また卵子提供であれ、精子提供であれ、不妊治療と呼ばれるものにはすべて保険が適用されています。しかし保険が適用されるのは43歳未満で、それ以降は日本と同じように自己負担での治療になります。つまりそれは、43歳以上は「疾病ではなく、自然な老化による不妊」と判断されているのです。
不妊治療(体外受精)を行う平均年齢が最も高い国の一つが日本です。40歳以上が全体の30%を超えています。一方フランスは、40歳以上が14%で、30~34歳が最も多く34%になります。これは健康保険が適用される年齢を43歳未満にすることで、早い段階で治療に取り組ませ、体外受精の妊娠率を高めているということでもあります。フランスでは、不妊治療を受けられる人は、「不妊症である」か「子供に遺伝病を与える、または配偶者にウィルス性の疾病を与える可能性がある」と診断された「カップル」と定義されています。この「カップル」には、婚姻関係にある夫婦に限らず、「事実婚」や「恋人」もこの範囲に入れられています。また不妊治療を受診する場合、「男女そろっての診察」が法的に義務付けられています。なぜなら、現在、男性側に不妊の原因がある場合が、全体の40%を占めており、それは精子の数が30年前に比べ約2分の1になっているからです。この原因として、環境やストレス、そして食べ物の影響が考えられています。
フランスは、公的な様々な施策により、合計特殊出産率(2013年度)が2.01と、EC先進国の中でも最高値にあります。
一方日本は、1970年代後半から減少が続き、2005年に1.26まで落ちこみました。その後は緩やかに回復し、2015年には1.46と回復傾向にありますが、他の先進国と比較しても最低値にあります。出生率がこのまま1.4程度で低迷すると、約50年後には人口が今より3割少ない8千万人台半ばにまで落ち込むと推計されています。このような出生率の低下による少子化が続き、同時に高齢者人口が増える高齢化、つまり少子高齢化による労働人口の減少は、年金や医療など社会保障の弱体化や経済の低迷につながり、社会に様々な問題をもたらすと言われています。
ヨーロッパ諸国で日本と同様に卵子提供による不妊治療を禁止している国は、イタリア、ドイツ、オーストリア、スイスとごくわずかな国です。その他の多くの国では、一定の規制の下にそれを認めています。
スペインは、卵子提供による不妊治療を認めている国の中でも高い不妊治療技術を持つと評価されています。またスペインは、不妊治療に関し、ほとんど法的規制がなく、禁止されているのは、「男女の産み分け」と「代理出産」くらいです。スペインが特徴的なのは、婚姻関係がなくても、事実婚のカップルだったり、単身女性だったり、同性愛女性だったりでも、治療を受けることができる点です。この国は、卵子提供自体が合法であるため、若く健康なドナーの卵子であふれています。その数は、2011年に約11万個で、欧州全体の40%を占めています。 また凍結されている受精卵(胚)は、スペイン国内に35万個も眠っているとも言われています。
スペインには、年間14000人もの外国人女性が不妊治療を受診するためにやってきます。その内の70%が卵子提供による体外受精と言われています。多くがヨーロッパ諸国からの患者ですが、あるクリニックでは、2012年に50人、2013年には55人の患者が卵子提供による体外受精のために、はるばる日本からやってきました。しかしスペインには、日本人の卵子ドナーの数は少なく、バルセロナにある日本食レストランや語学学校には、日本人卵子ドナーの募集広告が貼ってあります。
このクリニックが行った「卵子提供による体外受精」は年間約3000サイクルで、ヨーロッパ全体の約10%に相当します。またこの3000サイクルの中での、妊娠率は61%と公表されています。
スペインに不妊治療に来る大半の患者は、母国で成功しなかった比較的高齢な女性が多く、なかには50歳以上の患者も多数おり、日本人も例外ではありません。スペインでは、卵子を提供する事、受ける事、保存することまで合法的に自由に行えます。この自由なルールが、スペインの不妊治療を発展させた特徴だと言えます。
人口950万人のスウェーデンでは、年間17000サイクルの体外受精が行われています。2011年に体外受精で生まれた子供は、約4000人になり、そのうち卵子や精子提供で生まれた子供は約200人になります。女性は39歳、男性は54歳までの夫婦かカップルであれば、「第一子を産むまで」は保険により全費用が賄えます。単身女性への不妊治療や代理出産は法律により許可されていません。精子提供による不妊治療は、男女のカップルだけのためにあり、単身女性やレズビアン女性は例外となるため、彼女たちの多くは、隣国のデンマークに行って不妊治療を受けています。一般的にスウェーデンでは、他国に比べ若いうちから不妊治療を受ける傾向にあります。それは子供の頃からの教育により、どうすれば妊娠できるのかや卵子が時と共に老化する事は、誰もが知っていることだからです。したがって卵子提供を必要とする患者は、それほど多くはありません。先進国で働く女性たちが、40歳を過ぎてから不妊治療を開始するような現実がこの国にはありません。どうしても卵子提供が必要で、しかも急いで治療を受けたい場合は、私立のクリニックが多数ある隣国のノルウェーに行って治療を行っています。
日本と世界の違い(3)
アジア諸国の中では、メディカルツーリズムとして不妊治療を積極的に進めている2つの国を紹介します。
タイといえば、居住している日本人の多さで知られています。在留届を出している在住者数6万4千人(2014年)、在留届を出していない滞在者も含めると、10万人以上が在タイしていると推定されます。そのため、日本人向けサービスが充実し、日本にいるのと変わらない生活ができるとも言われています。 また首都バンコクの病院では、日本の病院と同等の治療が受けられ、なかでも富裕層や外国人向けにサービスを提供する私立病院の中には、高級ホテル並みの施設や欧米の医療先進国で経験を積んだドクターを擁し、世界でもトップクラスの医療が受けられます。さらに日本人が安心して治療に専念できるサービスも充実し、日本語通訳が常駐する日本人専用窓口を設けて、各種相談にも対応できるようになっています。ここ数年、タイではメディカルツーリズムに国をあげて取り組んだ結果、世界レベルの医療を快適な環境で、しかもリーズナブルな価格で受けられ、さらに治療の合間には楽しい観光もできるとあって、医療目的で訪れる観光客が増え続けています。もちろん不妊治療においても、日本では受診できない治療が可能な上に、欧米で受診するより安価なため、患者数は増え続けていました。
メディカルツーリズムが充実したタイですが、2014年8月に2つの事件が国内外で報道されました。一つは、オーストラリア人夫婦が行った代理出産で、双子の一人がダウン症だったため、引き取りを拒んだ事件がありました。もう一つは、日本人男性が、十数人の子供を異なる女性たちに代理出産させていた事件でした。この2つの事件は、日本でも大きく報道されましたが、これを契機にタイの不妊治療に関する法律は大きく変わることとなりました。
現在タイの病院やクリニックでは、新法によって以下の証明書の提出が必要となり、新たに規制を受ける不妊治療が規定されました。
まず不妊治療を受ける場合、公的な結婚証明書(日本人の場合は戸籍謄本)、パスポート、身分証明書の提出が必須となりました。
次に、代理出産、単身者の不妊治療、営利目的での卵子提供、男女の産み分け、精子・卵子・受精卵(胚)の輸出入などが禁止となりました。
タイと同様にマレーシアは、医療ツーリズム産業を経済発展のカギとして、外国からの医療ツーリストをさらに増やすための活動を展開しています。2010年以降、医療を目的にマレーシアを訪れる外国人の数は年々増え続け、保健省が実施した医療ツーリズム促進プログラムが成果を上げていることを物語っています。首都クアラルンプールには、最新の医療設備、ホテル並みの環境そして欧米や日本で学んだ優秀なドクターを擁した、世界でもBEST10に入る病院があり、外国人向けに不妊治療センターを持つ大病院も多くあります。その一方で、マレーシアはムスリムが多数派を占める多民族国家という側面を持っています。イスラム教では、婚姻関係にある夫婦の卵子と精子を使ったIVFのみが認められています。
数年前、国内で代理出産が増えているという報告を受けマレーシアのイスラム宗教局は、イスラム教は代理出産を禁じるというファトワーを出しました。ファトワーとは、書面において発したイスラム法学上の勧告のことで、ファトワー自体には法的な拘束力はありませんが、心理面からイスラム教徒に多大な影響を及ぼすものです。
マレーシアでは現在、不妊治療に関しての法規制はありません。しかしARTに関するガイドラインを医師会が出しており、法的拘束力はないものの、医師は基本的にこのガイドラインに従うとされています。マレーシアでは婚姻関係や伝統的な家族観を重んじる傾向が現在でも強く、出産に第三者が関わることに対しては慎重です。ARTの使用に関しては、夫の精子と妻の卵子を使い、妻が出産する、という使い方が原則とされています。ガイドラインの中には、PGD使用の制約も盛り込まれ、遺伝疾患を排除する目的以外でのPGDの使用を禁止しています。これにより、マレーシアでもfamily balancingを理由にPGDを受けることは難しくなりました。
またマレーシアでは代理出産が増えていますが、法律上、代理出産に関する民事の項目はなく、法的状況はあいまいであるといえます。法律は代理出産を想定しておらず、生んだ女性が「母」となる原則に基づいているため、こうした契約が複雑な問題に発展する可能性があります。ガイドラインにより代理出産を行う病院は少ないのですが、卵子提供に関しては、多くの病院が治療の一環として行っており実績も多数あります。