コラム

日本と世界の違い

日本と世界の違い(3)

アジア諸国の中では、メディカルツーリズムとして不妊治療を積極的に進めている2つの国を紹介します。
タイといえば、居住している日本人の多さで知られています。在留届を出している在住者数64千人(2014年)、在留届を出していない滞在者も含めると、10万人以上が在タイしていると推定されます。そのため、日本人向けサービスが充実し、日本にいるのと変わらない生活ができるとも言われています。 また首都バンコクの病院では、日本の病院と同等の治療が受けられ、なかでも富裕層や外国人向けにサービスを提供する私立病院の中には、高級ホテル並みの施設や欧米の医療先進国で経験を積んだドクターを擁し、世界でもトップクラスの医療が受けられます。さらに日本人が安心して治療に専念できるサービスも充実し、日本語通訳が常駐する日本人専用窓口を設けて、各種相談にも対応できるようになっています。ここ数年、タイではメディカルツーリズムに国をあげて取り組んだ結果、世界レベルの医療を快適な環境で、しかもリーズナブルな価格で受けられ、さらに治療の合間には楽しい観光もできるとあって、医療目的で訪れる観光客が増え続けています。もちろん不妊治療においても、日本では受診できない治療が可能な上に、欧米で受診するより安価なため、患者数は増え続けていました。
メディカルツーリズムが充実したタイですが、2014年8月に2つの事件が国内外で
報道されました。一つは、オーストラリア人夫婦が行った代理出産で、双子の一人がダウン症だったため、引き取りを拒んだ事件がありました。もう一つは、日本人男性が、十数人の子供を異なる女性たちに代理出産させていた事件でした。この2つの事件は、日本でも大きく報道されましたが、これを契機にタイの不妊治療に関する法律は大きく変わることとなりました。
現在タイの病院やクリニックでは、新法によって以下の証明書の提出が必要となり、新たに規制を受ける不妊治療が規定されました。
まず不妊治療を受ける場合、公的な結婚証明書(日本人の場合は戸籍謄本)、パスポート、身分証明書の提出が必須となりました。
次に、代理出産、単身者の不妊治療、営利目的での卵子提供、男女の産み分け、精子・卵子・受精卵(胚)の輸出入などが禁止となりました。

タイと同様にマレーシアは、医療ツーリズム産業を経済発展のカギとして、外国からの医療ツーリストをさらに増やすための活動を展開しています。2010年以降、医療を目的にマレーシアを訪れる外国人の数は年々増え続け、保健省が実施した医療ツーリズム促進プログラムが成果を上げていることを物語っています。首都クアラルンプールには、最新の医療設備、ホテル並みの環境そして欧米や日本で学んだ優秀なドクターを擁した、世界でもBEST10に入る病院があり、外国人向けに不妊治療センターを持つ大病院も多くあります。その一方で、マレーシアはムスリムが多数派を占める多民族国家という側面を持っています。イスラム教では、婚姻関係にある夫婦の卵子と精子を使ったIVFのみが認められています。
数年前、国内で代理出産が増えているという報告を受けマレーシアのイスラム宗教局は、イスラム教は代理出産を禁じるというファトワーを出しました。ファトワーとは、書面において発した
イスラム法学上の勧告のことで、ファトワー自体には法的な拘束力はありませんが、心理面からイスラム教徒に多大な影響を及ぼすものです。
マレーシアでは現在、不妊治療に関しての法規制はありません。しかしARTに関するガイドラインを医師会が出しており、法的拘束力はないものの、医師は基本的にこのガイドラインに従うとされています。マレーシアでは婚姻関係や伝統的な家族観を重んじる傾向が現在でも強く、出産に第三者が関わることに対しては慎重です。ARTの使用に関しては、夫の精子と妻の卵子を使い、妻が出産する、という使い方が原則とされています。ガイドラインの中には、PGD使用の制約も盛り込まれ、遺伝疾患を排除する目的以外でのPGDの使用を禁止しています。これにより、マレーシアでもfamily balancingを理由にPGDを受けることは難しくなりました。
またマレーシアでは代理出産が増えていますが、法律上、代理出産に関する民事の項目はなく、法的状況はあいまいであるといえます。法律は代理出産を想定しておらず、生んだ女性が「母」となる原則に基づいているため、こうした契約が複雑な問題に発展する可能性があります。ガイドラインにより代理出産を行う病院は少ないのですが、卵子提供に関しては、多くの病院が治療の一環として行っており実績も多数あります。