コラム

妊娠・出産の適齢期

妊娠・出産の適齢期

21世紀の最先端医療のひとつ、高度生殖医療の一般化で、子どもを産むための「不妊治療」の選択肢の幅は拡大しており、配偶者間の体外受精は広く一般化しています。また卵子提供プログラムや代理出産プログラム、着床前遺伝子診断などは日本国内ではまだ一般的には認可されていないものの、米国や欧州をはじめとした国々では、一般不妊治療の選択肢の一つとして広く行われています。
そのような究極の新しい選択肢があることを念頭に置いたとしても、女性がまず望むのは、やはり自分の卵子と自分の子宮で妊娠・出産を行うことです。その原点に戻って、まず何を知っておかなければならないかを考えてみましょう。

女性の妊娠・出産には適齢期があります。医学が進歩した現在でも、卵子の老化問題、妊娠合併症の問題などや我々が置かれている現代の社会を考えると、20代が最も適していると考えられ、遅くとも35歳くらいまでを適齢期と言っています。
しかし身体的に一番妊娠しやすいのは、10代の終わり頃と言えます。20代を経て、30代に入ると、加齢とともに女性が自然に妊娠する可能性は少しずつ低下し、35歳からは急激に下がると考えられています。現代の社会は10代で出産するのは厳しい世の中になっています。社会的にも精神的にも「大人」になって子供を育てる責任をきちんと遂行できるのは、年齢がもう少し高くなってからです。現代の社会では、女性の社会進出や晩婚化などライフスタイルの変化によって、30代になってから出産を考える女性が極めて多くなっており、40代になってから初めてそのことを考える女性もいるのが現実です。その年代になってみると、身体の方は残念ながら生殖力が衰えてしまっているという生物学上の事実にぶつかってしまい、出産にも、流早産の増加、異常分娩や分娩時出血多量など、さまざまなリスクが上昇していきます。
不妊治療に携わっている生殖医療の専門家は、この身体的生殖力のピークと、精神的・社会的な立場から親となる準備ができる年代との間のギャップを埋めるために存在しているのです。

平均寿命が今よりずっと短かった昔は、女性の多くは10代で結婚し、妊娠・出産する場合がほとんどでした。第2次世界大戦後の日本では、20代前半で結婚し初産に至るケースが一般的でした。しかし今は、女性の社会的地位も更に向上し、高学歴で、キャリアに専念する女性も多い時代になっています。人生の自由な選択肢がある中で、だんだんと結婚年齢が上がり、妊娠・出産の年齢も高くなってきています。
しかし時代遅れのような10代での妊娠・出産が、人間という動物の生物学上の観点からは一番妥当であるという事実は理解しておく必要があります。現実に目を向けると、10代という年齢では、まだ社会的には「学生」という身分が多いので、この年齢で妊娠をしてしまった場合に、中絶という選択を選ぶ女性も少なくないというのも事実です。豊かな現在の日本では、結婚を急がなくても自分が選択したライフスタイルを楽しむことができ、晩婚化・非婚化進んでいます。その結果、いつの間にか生物学上の「妊娠適齢期」を逃してしまっているケースが増えているのです。豊かになってきたライフスタイルは、そう簡単に放棄できません。自分が選んだ仕事や趣味を犠牲にするという選択も簡単にできるものではありません。しかし、「いったん失った生殖力は戻ってこない」という曲げられない事実は厳然と存在しています。いつか漠然と「自分は子どもを産むだろう」と考えているならば、ここで一度、「生物学上の真実」を知っておくことは大切なことです。

あなたの体内時計は刻一刻と時間を刻んでいます。つまり、齢を重ねるごとに妊娠のタイムリミットは迫っているのです。「いつまで妊娠できるか?」という質問には、あらゆるケースが考えられるため、一言では答えられません。
しかし、統計や生殖医療、出産数などの数値を見てみると、個人差はあるものの、一般的には、
40代に入ると自己卵子では妊娠しにくくなり
40代に入ると自己卵子では妊娠がいったん成立しても流産率が高くなり
40代半ばになると自己卵子での妊娠の可能性はほとんどなくなる
といった事実が挙げられます。
勿論個人差はありますので、あくまでも「一般的な目安」と考えて下さい。自己卵子による妊娠は、「45歳」という年齢が上限であると考えておくのがよさそうです。50代でほとんどの女性が閉経しますが、多くの女性は、40代のどこかで生理が不順になっていき、次第に閉経に向かいます。ここで理解しておいて頂きたいのは、「生理があるうちは妊娠できる」というのは必ずしも真実ではないということです。


年齢と妊娠率の統計を見てみると、年齢と妊娠率との間には深い関りがあることが分かります。先進国では世界中で初産の高齢化が進んでおり、アメリカではおよそ20%の女性が35歳以上で第1子を出産しているといわれています。ここで理解しておかなければならないのは、30歳を超えると、毎年5%ぐらいの割合で妊娠できる確率が減少していくといわれていることです。その現象の割合は40代になると更に激しくなり、齢と共に妊娠率が落ちるだけでなく、妊娠したとしても流産してしまう確率も増えてゆくのです。この理由は何なのでしょうか。身体が齢をとって、衰えていくからでしょうか。それは、全体的な体の衰えというよりも、具体的・直接的に妊娠できる力を減らしていくのは、「卵子の生命力」なのです。医学的な言葉で言うと「卵巣機能低下」が加齢とともにどの女性にも起こるからなのです。
日本の女性の平均寿命は世界一といわれていますが、そんな現在でも、その女性がどんなに健康で、食生活などにも気を付けた万全の生活を送っていたとしても、卵子年齢の老化だけは、人生の中盤で起こってしまう、というのが悲しく厳しい現実なのです。

女性は誰でも母親の胎内にいるうちに、自分が持ち得る卵子を与えられ、自分が持ち得るだけの卵子を持って生まれてきます。そのため、それらの卵子は、人間の身体の他の細胞のように新しいものがどんどん作られてくるのではなく、生まれ持ってきた原始卵胞は、時間とともに老化していきます。通常女性は、誕生した時にそれぞれの卵巣に、約300万個、両方合わせ約600万個の原始卵胞(卵子の元になる細胞)を持って生まれてきます。それが10代で初潮を迎える頃には相当数が既に消滅している状態になっていて、約10分の1ぐらい程度になっているといわれています。初潮を迎えてから、毎月の生理のたびに一定数の卵子が排出され、失われてゆきます。排卵をするのが1個の卵子だったとしても、毎月、両方の卵巣の中に複数の卵子が現れ、その中から普通は1個だけが大きくなり、排卵するのです。そして、残っている卵子は刻一刻と老化していく、というのが卵子の状況です。すべての卵子が排出されてしまった時点で閉経となるわけです。ただし、最後の卵子が、「妊娠可能」な、つまり胎児として育っていき、出産に至ることができるような受精卵を作れる卵子であるとは限りません。
一方精子の場合は、卵子と大きな違いがあります。それは、「精子は老化しない、しかし卵子は老化する」ということです。
精子というのは、精母細胞という細胞から生まれ、2ヶ月で精子になります。つまり毎日新しい精子が男性の体の中で作られているということです。ただし加齢により、機能は少しづつ低下していきます。

体外受精の現場で分かっていることとして、「卵子が老化」するとともに、その卵子が受精してできた受精卵(胚)には、染色体異常が頻繁に見られるようになります。この染色体異常のある受精卵、というのが流産に終わってしまうケースの約半数の原因であると考えられています。卵子がまだ若い頃、つまりまだ妊娠率が高いとされている20代の頃は、卵子もまだ元気で生命力があります。つまり、受精卵に染色体異常が起こる確率が低く、正常な受精卵だからこそ一旦妊娠すると流産率も低く、無事出産できる確率も高くなるのです。目安として考えていただきたい大雑把な数字ですが、20代での流産率は1回の妊娠に対しておよそ1012%と考えられていますが、それが40代に入ると、なんと折角妊娠しても50%ほどが流産に終わってしまうという現実があります。これは、子宮が老化したとか、身体が衰えたとか、ご夫婦の遺伝子が適合しないとか、そういった問題より、唯一大きな原因として挙げられるのが、この「卵子の生命力が落ちている=染色体異常が起こっている」という理由でのことなのです。もちろん、染色体異常が原因で着床(妊娠)の現象も起こらず、「妊娠不成立」の結果も齢と共に高くなる、というのが事実です。

妊娠を考える女性に向けてのガイドブックを出版した、米国人研究者のインタビュー記事があります。それによると、自然に妊娠できる確率は年齢とともにゆっくりと低くなっていき、様々な研究を踏まえると、自然な妊娠のタイムリミットの目安は、40歳ぐらいとなります。「加齢」がタイムリミットの要因として高まるのは、41歳ぐらいからと書かれてありました。
体外受精の調査結果の場合でも、染色体が正常である比率は、38歳まではほとんど変わらず、その後も正常値の減少は少しずつなので、41歳になるまでは深刻に考えなくてよいと言われています。
別の体外受精における研究で、胎芽(妊娠8週目までの個体)に関するデータでは、30歳の女性の胎芽のうち、75%の胎芽が正常、一方39歳では、正常な胎芽は47%でした。その後41歳では31%、42歳では25%、43歳では17%と一気に落ち始めます。この段階になると、体外受精でも年齢をかなり考慮する必要が出てきます。