コラム

医療機関

医療機関の違い

体外受精や顕微授精などの高度生殖医療に於ける妊娠率は、医療機関によって大きくばらついていますが、その要因を考えてみましょう。
高度生殖医療は、1980年代までは大学病院などの医療設備や入院を要する病棟での医療でした。また採卵なども手術室で行われるのが一般的でした。しかし、1990年代に入ると大学病院などで経験を積んだ医師達が独立し、自らのクリニックを開設するようになって行きました。これが可能になったのは経膣超音波検査の普及が大きな要因でした。これによって、体外受精の最も外科的なプロセスである採卵が、これまでの手術室などから、外来の処置室で行うことができるようになりました。以降、高度生殖医療を行う医療機関の数は増加の一途をたどっています。この増加分のほとんどが、いわゆる開業医が占めていることが特徴的な事実です。
高度生殖医療の中心が大病院から個人の医療機関にシフトしたことによって、医療技術のスキルやノウハウが、個人の医療機関側に蓄積され、各施設が独自の工夫を加えて治療が行われています。体外受精のプロセスは、大まかに5つに分けて考えることができますが、どのプロセスに於いても、細部については医療機関の間で異なっているのです。

体外受精は、5つのプロセスのどの段階においても、不具合があっては妊娠が成立しません。
また妊娠を成立させるためには、2つの大きな力が働きます。一つ目は、言うまでもなく医師が正しく診断し、治療のスケジュールを組み立て、薬などを投与するといった医師側の力、すなわち 「治療力」 です。 もう一つは、通常の治療であれば看護師が中心となる、「看護力」 ですが、高度生殖医療においては、もう一つの大きな力は看護力ではなく 「ラボ力」 になります。ここが他の医療と決定的に違うところです。ラボ力のラボとは、培養室のことです。卵子を培養したり、精子を調整したり、顕微授精を行ったりする人達が活躍するラボの力が大変重要になります。培養室で働いているのは、主にエンブリオロジスト(胚培養士)と呼ばれる人達です。こうした人達の技術水準、スキルが体外受精の成否を決定づけていると言えます。農学部や獣医学部などで学んだ人が多いのですが、卵子や精子を取り扱うプロの集団です。体外受精の成績の優秀な施設ほど、優秀なエンブリオロジストが揃っています。
体外受精に於いて妊娠を成立させるのは、医師の治療力とエンブリオロジストのラボ力との総合力だと言えます。ラボで働くエンブリオロジストは、一般的には表に出てきませんのでその実力の評価は難しいのですが、彼らは培養器の精度管理なども行っています。培養器の中の安定度が、体外受精の結果に大きく影響するであろうことは想像に難くありません。一般的な傾向として、体外受精は、それを行う件数が多い施設ほど妊娠率が高いという傾向がみられ、その理由のひとつが培養器の安定性だと考えられます。実際の体外受精の培養では、二酸化炭素や窒素、酸素といった気体を一定の割合で培養器内に流しますが、培養器のオン・オフを繰り返しているとなかなか安定しません。件数が多いと常時稼働させた状態にすることができ安定度が増すのです。もちろん、体外受精の件数が多いことだけが、単純に妊娠率に反映されているわけではありません。自然周期採卵の1個の卵子を体外受精させ、子宮に戻し、妊娠に至るということには、極めて高い技術力が必要なのです。

医療機関側の傾向として、一度来院した患者さんをなかなか手放さない「囲い込み」という問題があります。
技術力や得意な治療法は、医療機関によって異なります。不妊治療の世界での技術は医療機関の企業秘密のようなことも多くあり、一般の人には判断がつかないでしょう。不妊治療を始めると、多くの場合、タイミング法から人工授精、体外受精までを同じ医療機関で行っています。しかしタイミング法を行う医療機関が、必ずしも体外受精のスペシャリストだとは限りません。 同じ医療機関ですべてを受ける必要は全くありません。小さいクリニックでは、腹腔鏡のような治療を行うことができないので、必要な場合でも敢えてそれをしないということが現実に起きています。
不妊治療がビジネス化している今の日本では、しばしばみられる現象と言えます。